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「自転車事故で損害賠償金9500万円」の判決の衝撃

神戸地方裁判所での判決

神戸地方裁判所にて、平成25年7月4日、自転車事故の加害者に対して、損害賠償金9500万円を命じる判決(以下「神戸地裁判決」といいます。)が言い渡されました。
自転車事故で高額な損害賠償金を認定したこと、加害者が小学5年生の子供であったためその親がその損害賠償責任を負うことになったこと等から、社会的耳目を集めたニュースとなりました。
兵庫県議会は、これを受け、平成27年3月18日、全国で初めて、自転車の購入者に保険の加入を義務づける条例案を可決しました。神戸地裁判決の社会的インパクトは、条例という一般法令に昇華される形で結実しました。
9500万円の損害賠償金の支払を認めた神戸地裁判決は、どのような損害を認めたのでしょうか。事実関係及び各損害については以下のとおりです。

事実関係

加害者である当時小学5年生(当時12歳)の子供は、通っていたスイミングスクールから自宅への帰宅途中に、自転車(マウンテンバイク)に乗って、暗い状態の下り坂を20~30km/h程度で下っていました。その際、同道路上を歩行していた、被害者である高齢(事故当時62歳)の女性に正面衝突をし、同人に急性硬膜下血腫、脳挫傷、頭蓋骨骨折等の重傷を負わせました。症状固定時には、急性硬膜下血腫、広範囲脳挫傷、水頭症につき、意識障害(植物状態)、開眼するも意思疎通不能、四肢拘縮(四肢可動不可)等の症状が残存しました(判決では、自賠責保険の後遺障害等級別表1の1級相当と認定)。

損害額

治療費 298万2471円

入通院に要した治療費合計額です。
なお、既往症の糖尿病の治療費及び症状固定後の通院(セカンドオピニオン外来)時に要した治療費については、本件事故と相当因果関係が認められないとして、損害からは除外されています。
※ 「治療関係費」参照

装具費 3万9982円

 事故後に要した頸椎カラー代及び頭部プロテクター代
※ 「その他の積極損害」参照

入院雑費 27万3000円

【計算式】 1日1500円 × 入院日数182日
※ 1日あたり1500円であることについては「その他の積極損害」参照

入院付添費 109万2000円

 近親者の常時付添介護の必要性が認められ、付添費を1日6000円として、症状固定日までの入院日数182日分の入院付添費が認定されました。
【計算式】6000円 × 182日
※ 目安としては、1日あたりの付添費は6500円であることについては「その他の積極損害」参照

休業損害 143万4160円

本件事故により被害者は家事全般が不可能となったため、基礎収入については月額23万6400円(年齢別平均女子給与額[平均月額]62歳)とし、症状固定日までの入院期間の182日分の休業損害が認定されました。
【計算式】 23万6400円 ÷ 30 × 182日
※ 休業損害の算定方法等については「休業損害」参照

傷害慰謝料 300万円

 被害者の入院期間、受傷内容及び程度(重傷)等を総合考慮して、300万円が相当と認定されました。
※ 算定方法等については「入通院慰謝料」参照。なお、参考までに、算定表Ⅰでは、6か月間の入院では傷害慰謝料の目安として244万円となりますが、症状の部位・程度によって20%~30%程度の増額が一般的に認められているため、神戸地裁判決は、「受傷内容及び程度(重傷)等」を最大限考慮して、傷害慰謝料を左記のとおり300万円としたものと考えられます。

後遺障害慰謝料 2800万円

 被害者の後遺障害の内容及び程度(自賠責保険の後遺障害等級別表1の1級相当)を総合考慮すると、2800万円が相当と認定。
※ 後遺障害等級1級の場合は、一般的に、後遺障害慰謝料として2800万円程度となることについては「後遺障害慰謝料」参照。

後遺障害逸失利益 2190万4918円

基礎収入=月額23万6400円(上記の休業損害と同様)
労働能力喪失率=100%
労働能力喪失期間=平均余命年数(症状固定時の62歳から女性の平均余命の85歳までの23年間)の2分の1の範囲内である10年間
ライプニッツ係数=7.7217(労働能力喪失期間10年に対応するライプニッツ係数)
【計算式】23万6400円 × 12か月 × 1(100%) × 7.7217
※ 算定方法等については「後遺障害逸失利益」参照

将来の介護費 3938万6420円

被害者には、生涯常時介護の必要な後遺障害が残存しており、被害者の夫が1人で手厚い介護を行っているが、その介護費としては1日あたり8000円が相当と認定しました。
前記のとおり、被害者の平均余命年数は23年であるため、ライプニッツ係数は、23年に対応する13.4885としました。
【計算式】8000円 × 365日 × 13.4885
※ 算定方法等については「その他の積極損害」参照。なお、労働能力を前提とする後遺障害逸失利益の場合と異なり、将来の介護費の算定においては、左記のとおり、平均余命そのものの年数に対応するライプニッツ係数を使用することになります。

損害額(小計) 9811万2951円

以上の治療費から将来の介護費までの各損害を合計すると9811万2951円となります。

損益相殺 290万5869円

被害者が本件事故後に受領した国民年金法による障害基礎年金367万2669円から、同法による老齢基礎年金が支給停止になった76万6800円分を控除した、残りの290万5869円を損益相殺する必要があります。
※ 「損益相殺」参照。

損害額(合計) 9520万7082円

上記の損害額(小計)9811万2951円から損益相殺の290万5869円を控除すると、最終的な損害額は9520万7082円となります。

「損害賠償額9500万円に衝撃」がむしろ衝撃

以上が「損害賠償額9500万円」の内訳になります。
神戸地裁判決は、「損害賠償額9500万円」の高額賠償を命じた判決として有名ですが、日常的に交通事故を扱っている我々弁護士からすると9500万円という損害賠償額というのは、想定の範囲内といえる判決です。というのも、自動車事故の場合、神戸地裁判決と同様に被害者が植物状態になり後遺障害等級1級相当が認定されるような事案であれば、2億円以上の損害額を認めた裁判例も数多くありますし、またゆっくり走っている自動車に衝突されるよりも、高速度で走行している自転車に衝突された方が、より重い怪我を負うということは当然あり得ることだからです。
しかし、「自転車は自動車ほど危険な乗り物ではない」という根拠のない認識が一般的に根付いていたためか、一般の方から見て、自転車に轢かれて「9500万円」もの損害が認められたことが意外と感じられたのでしょう。また、自転車に乗る際に、自転車に保険を掛けている方はまだまだ少数だと思いますので、加害者が9500万円もの金額を自腹で支払わなければならないこと、とりわけ、加害者が事故当時12歳であり、その場にいない親が、この高額な賠償責任を負わなければならなくなったということが、非常に強いインパクトをもって受け止められたのだと思います。
ただ、弁護士にとっては、上記のとおり、損害額が9500万円程度になることは全く意外ではありませんし、責任無能力者の親が管理監督者として民法714条により子供の代わりに責任を負うことになる可能性はもともと非常に高いのですから、「一般の方が神戸地裁判決に衝撃を受けていること」の方がむしろ衝撃ともいえます。

自転車の保険加入の必要性

自転車事故が発生すると、加害者は多額の損害賠償責任を負う可能性がありますし、また、それ以上に、加害者が資力不足であるため十分な損害賠償を受けることができない被害者が、非常に酷な立場に置かれることになります。そのため、兵庫県の条例案可決の1年以上前に当事務所のブログ(→「自転車事故で人生を棒に振らないために」)でも、自転車も、自動車の場合と同様に、保険の強制加入制度の確立の必要性について、書かせて頂いたことがあります。
兵庫県の条例は、その意味では1歩前進ということかもしれませんが、まだまだ全国的には保険未加入の自転車が大半ですので、今後も、各公共団体レベル及び国家レベルでの制度確立が必要であることに変わりはありません。

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